■当ブログにコメントをしてくださっている皆様へ。
大変嬉しく感じています。
しかし皆さんお気付きのとおり、
コメント承認すら出来ていない実情です。
頂戴したコメントは、
全て有難く読ませていただいています。
でも今は私自身、
精神的に少しタイトな状態になっていますので、
「自分の心に余裕がある時にちゃんとした返信を…」と思いつつ、
レスとコメント承認をしていない次第です。
ちなみにコメントの未承認は約1年前から滞っております。
…申し訳ありません。
しかし最近は、
「2012年コメント→2011年コメント→2012年→2011年…」という、
変則的な形でレスをし始めました。
でも「まだまだ終わらず…」という状態ですので、
気長にお待ちいただけますと幸いです。
精神的にアップダウンの激しいBPDの私ですが、
これから先も当ブログに遊びに来ていただけますと幸いです。
宜しくお願い致します。
■私のなかですごく嬉しい言葉。(「生きてきたこと」を認めてもらえる喜び)
臨床心理士の先生のカウンセリングをスタートしました。
それは私にとっては、
「素晴らしい出逢いと治療の開始」でした。
しかし周囲から見れば、
「人生が転落し始めた瞬間」だったのかもしれません。
なぜならそれは、
「自分が今まで避けてきたものを直視し始めた」
…からです。
そして私は自分の過去を直視すると同時に、
仕事や人間関係のストレスを増大させながら、
自傷行為を悪化させていきました。
カウンセリングを始めて間もない頃、
自分の生育歴を語っていた私に、
先生は不思議な言葉を仰りました。
「今までよく生きてこられましたね。」
私はそんな先生からの言葉に対して、
頭のなかが「?マークだらけ」になったのを覚えています。
自分の家で虐待(児童虐待)や暴力があることは、
すごく当たり前のことでした。
私が恐怖心を持ちつつ執着している「アイスピック」は、
家の至る所にとても自然に突き刺さっていました。
父親の怒りの感情は、
アイスピックを使って表現されることが多かったです。
そして娘の私は、
そのアイスピックで自傷行為をするようになりました。
アイスピックを握ることによって、
安心感を得るようになりました。
「両親の夫婦喧嘩にアイスピックが出てくること」は、
私のなかでは「日常」でしかありませんでした。
そしてそれは、
「普通の家庭ではあり得ない」のはわかりましたが、
私のなかでは未だに「当たり前のこと」なのです。
そんな私は交際男性達にDVをされていましたが、
それを「定義上DVになる」と気付いたのも、最近のことです。
DV・暴力・虐待とは、私のなかでは今でも
「理屈・理論として悪いこと」としかわかっていません。
自分の感覚として「異常性のあること」とは、
未だに理解出来ていないのかもしれません。
もしかすると、
「異常と正常の区別」すら、
ついてないのかも知れません
私は自分を客観視しているつもりですが、
「自分の人生が、いかに異常だったか?」
…というのを未だにわかっていないのです。
そしてそれが私の自傷行為の引き金となり、
その結果として私は「生きづらさを抱える人間」
…になったのかもしれません。
そんな私を不思議な感覚にしてくれた言葉が、
「今までよく生きてこられましたね。」
…だったのです。
あまり上手に例えられないのですが、
このフレーズを言われた時の私は、
「すごく温かな言葉で包まれたような感覚」になりました。
「自分がそれまで抱えてきた辛さを、
全て理解してもらったような安心感」を得たのです。
私は虐待されようともDVをされようとも、
「辛い・苦しい・逃げたい」
…などという感情を持たずに生きてきました。
自分を鈍感にすることによって虐待する母にしがみつき、
そして攻撃をされないようにするために必死になっていたのです。
そして今の私は、
「一見鈍感、しかし本当は繊細すぎる人間」になってしまいました。
繊細すぎる人間が鈍感を装うわけですから、
私の人生は、本当に「生きづらい日々」でもあるのです。
私は世の中に対しては「明るい自分」を演じつつ、
自分の心の闇に正直であるために、
「自傷行為」をしているのだと思います。
自分のなかの「明と暗のギャップ」を、
自傷行為をすることによって相殺しているのかもしれません。
今ふと、
あることに気付きました。
それは昨年、もうひとりのある先生からも、
「よく生きていたなあというのか正直なところです」
…と言われていたということでした。
ちなみにその先生は、
私の主治医ではありません。
私はBPDを寛解させたとしても、
それを自慢したり褒めてもらいたいとは、
思っていないのかもしれません。
生きづらさを減らしつつ、
「自分がここまで奇跡的に生きてこれたこと」
…を認めてもらえればそれだけで嬉しいのだと思います。
私は先生方からの言葉によって、
「自分が生きてきたことを認めてもらい成仏したような気持ち」
…になれるのです。
そして私は自分のなかで、
「ここまで生きてきたのだから死ねないし死なない。」
…と思っています。
これは数年前、ODやリストカットをしても死ねず、
「あぁ。何をしても死ねないや。もう諦めよう。」
…と思った時に感じたことです。
神様が与えてくれた試練と共に、
「生きなくてはならない宿命」
…のようなものを心のなかに持ち続けているのかもしれません。
私は未だに自傷行為をしますし、
「出来ることなら死にたい。生きていたくない。面倒だ。」
…とは毎日思っています。
しかしその反面、
「自分は何をやっても死ねない人間だ。
自傷行為なんかに溺れている暇があるならさっさと前を向こう。」
…と心のなかで呟いているのです。
正直なところ、
「自傷行為をすることすら面倒臭い。バカバカしい。」
…と思うようになりました。
でも未だにコントロール不能である部分が多く、
自傷行為が止まらないという状態ではあります。
「バカバカしいと思いつつ自傷行為をしている」
これが今の私なのです。
私は素晴らしいふたりの先生から、
「自分がここまで生きてこれた奇跡」
…を認めてもらうことが出来ました。
私は自分自身が生きていることに対して、
「すごい」とは全く思っていません。
自分が受けた虐待や暴力が「類を見ないレベルのもの」でも、
それは私のなかでは「日常・当たり前のこと」でしかないのです。
私は未だに自傷行為をしているので、
心身共にボロ雑巾のようなところもあります。
しかし傷だらけになりながらも必死で生きてきた人間として、
「何らかの社会貢献をしてきたい」と思っている次第です。
私のメインはBPD(境界性人格障害)です。
しかし今の主治医から、
「依存症のパーフェクトマスター」と言われ、
自傷行為もほとんどに手を出しています。
自分のなかでは、
「ここまでなんでもかんでも手を出した当事者で、
ありとあらゆる暴力の被害者なのだから、
その経験を生かさなければ勿体ない。」
…と感じ始めているのかもしれません。
私の経験した自傷行為の中身や、
虐待の内容が異常すぎるからこそ、
それを世の中に伝えなくてはならないような気がしています。
「私が今まで生きてきたこと」
これを認めてくださった2人の先生に感謝しつつ、
今後も少しずつ進んでいきたいと思っています。
■私だって寝逃げをします。
「BPD治療のクライマックス」という記事を書きました。
http://bpd1976.blog27.fc2.com/blog-entry-133.html
そんな私は、
今日一日「寝逃げ」をしていました。
昔はしょっちゅうしていた寝逃げですが、
今では「寝逃げに求めること」が変わってきたように思います。
以前は寝逃げをすることによって、
「嫌なことから目を背ける」ということをしていました。
でも今は「寝まくることで心のパワーを溜める行為」
…へと変わってきたのです。
正しくは、
「嫌なことから一時的に目を背け、
それと向き合うためのパワーを溜める行為」とも言えます。
数年前の私は、
何週間も寝逃げをしていました。
「あれ?今日は何月何日だろう?朝かな?夕方かな?」
…と思うほど、何日も布団から出てきませんでした。
そして、
「自分の苦しみから逃れること」と、
「何も考えずに眠ること」しか考えていませんでした。
でも寝逃げをしても何も解決されず、
突然目覚めてはODをしてみたりしていました。
しかし「進み始める」ということをした私は、
「抜けられないトンネルはない」と感じるようになりました。
でもやはり「精神的に疲れる時」や、
「そろそろ危険ゾーンに入りそうな時」はありますので、
その場合は「1日だけの寝逃げをしてパワーを溜める」
…ということをしているのです。
精神的なストレスがある時は、
寝ることがいちばんです。
不眠症であっても、
ベッドで横になっているだけでも、パワーは蓄積していきます。
そんな私は今日一日寝逃げすることによって、
「心のパワーが充電され、吹っ切れた感覚」
…を得ることが出来ました。
今の私は「BPD治療のクライマックス」にいますが、
正直なところかなり恐怖に震えている毎日です。
そして日々パニック状態になりつつ、
途中放棄しそうになっています。
これだけ難解なBPD(境界性人格障害)なのですから、
そう簡単に「クライマックス」は終了しません。
このクライマックスとは、
ある意味「私の人生の賭け」なのだと思います。
そしてこれから寝逃げの続きをして、
明日の朝から気持ちを改めて活動します。
ちょっとハードな5月後半になりそうですが、
自分が出来る限り頑張りたいものですね。
「BPDである自分が生きやすい環境」を作るためにも、
主人格の私が頑張らなくてはなりません。
■BPDだから悉無律思考なのですね。
「BPDの苦手なグレーゾーン」というタイトルの記事を書きました。
http://bpd1976.blog27.fc2.com/blog-entry-40.html
この記事のなかでは、
「100or0、白or黒、好きor嫌い」というような、
BPD(境界性人格障害)の典型とも言える、
「悉無律思考(しつむりつしこう)」について書いたものです。
自分で書いたこの記事を読んでいて思ったのですが、
私の思考や、人生の歩み方は
「発展途上」なのだと思います。
未だにBPDである自分の人生について悩み、
そしてトラブルメーカーになりながらも、
学習している真っ最中なのです。
ですので、このブログに書いていることも、
日々進化しているのかもしれません。
もしかすると「逆行(退行)すること」も、
時にはあるかもしれません。
そして自分の間違った思考を吐き出しつつも、
「一生かけてどこかで軌道修正している」
…というのが私の人生なのです。
なので「悉無律思考」についても、
今改めて深いことを感じた次第です。
そんな今の私は悉無律思考ではない、
「まあいっか(まあいいか)」という考え方が出来るようになりました。
20代の頃までの私は、
何をどう頑張っても「まあいっか」とは思えませんでした。
恋愛に対しても、
「交際しているのか?してないのか?」
…がはっきりしないと、
発狂しそうなほど精神不安定になりました。
しかし今は、
基本的には自分の仕事や約束以外に対しては、
ユルい考えを持つようになりました。
「どうでもよくない?」
…というのが私の口癖になりました。
DV・セクハラ・パワハラに対しても、
自分が被害者でありながら、
「どっちでもよくない?
被害者にだって非がある場合もあるよね?」
…という「中間の思考」を持つようになりました。
DV・セクハラ・パワハラというのは、
確かに「あってはならないこと」です。
しかし「被害者には全く問題がないのか?」と問われると、
私の場合は「問題だらけの被害者」という話なのです。
ですので私は、
「中間の立場から物事を見る(客観視)」
…というスタンスになりました。
でも私は相変わらず、
「悉無律思考」を抱えています。
「一体どこが悉無律思考なのか?」
…と言いますと、
「自分自身の病気に対して悉無律思考を抱えている」のです。
私の主治医は、
私が精神障害者保健福祉手帳を申請する際に、
「申請出来るけど…どっちでもよくない?」と仰いました。
上記のなかでの「どっちでも…」というのは、
「健常者でも精神障害者でもよくない?」
…という話です。
そして自分自身も、
「なぜそこまで精神障害者手帳に拘るのか?」
…がわかりませんでした。
しかしそれは、
典型的な「悉無律思考(健常者or障害者)」だったのです。
私は普通に生活していれば、
健常者以上に健常者に見える人間です。
会社で働けば、
「健常者の上司になること」もあります。
そして「一見普通の女性」というわけではなく、
「健常者以上に知的で社交的」と思われるのです
しかし私は人間関係の距離感を、
全く掴めていません。
「人間関係構築が不得意」ではなく、
「人間関係構築が全く出来ない」という話なのです。
でも私は自分が見捨てられないために、
「相手の空気を察すること」が得意です。
それは、
「相手の空気を察し、相手よりも先回りする必死すぎる生き方」
…なのです。
そして「察していることを気付かれない」という、
巧妙すぎるテクニックも持っています。
ですので私は「空気を読まないフリ」をして、
わざと「鈍感で気が遣えない人間」を演じているのです。
しかし「気が遣えないKY人間のフリ」をしながらも、
全てのひと達に気を遣いまくって生きています。
健常者のなかでも何の問題もないように見える私は、
「本当は問題だらけなのに、それを理解してもらえない。」
…というのが苦痛でたまりませんでした。
人間関係が不得意な私に対して「社交的」というのは、
ある意味「嫌味のような言葉」だったのです。
そして私は、
精神障害者保健福祉手帳を取得しました。
その結果として、
「自分は精神障害者である」というレッテルを、
自分自身に貼ったのです。
主治医からは「どうでもよくない?」と言われているのですが、
自ら「生きづらい自分の社会的アピール」をしたのでした。
BPD(境界性人格障害)という名称の由来は、
「神経症と精神病の境界領域」というところにあります。
そんな私達は、
ある意味「中間的な障害を抱える人間」でありますので、
私の主治医が言うように「どっちでもよくない?」
…というのは正論だと思うのです。
要は、
「わざわざ自分にレッテルを貼らなくてもよくない?」
…という話でした。
ちなみにBPDでは、
精神障害者手帳申請が通らない自治体も多いはずです。
それは、私達の抱える「生きづらさ」と、
「生活が出来ない(真の意味での「障害者」)」
…というのが異なるからです。
BPDで鬱状態が酷くなったり、自傷行為をしまくれば、
確かにちゃんと働くことは出来なくなります。
そしてその結果として、
「社会生活が出来ない状態」にも繋がります。
でも私達BPDは、
「状態が悪くなければ、それなりに社会に馴染める人間」
…でもあるのです。
そんな私も時には、
「数ヶ月精神不安定で自傷行為のオンパレード」
…などということもあります。
しかしその不安定さ(好不調の繰返し)は一生続くものであり、
そして私達は「好調な時もある人間」なのです。
でも私の精神障害者手帳申請書を見たら、
「ほとんどNG」のような状態でした。
要は私は、
「主治医からのサポートがあるから生きていられる」わけであり、
「誰も支援してくれなければ歩けない人間」なのかもしれません。
たった月1回だけの診察ですが、私の生き方は、
それによって大きく軌道修正されているのだと思います。
「BPDの苦手なグレーゾーン」という記事を読んでいると、
下記のようなことが書いてあります。
境界性パーソナリティ障害者は、
病気なのか健常なのかという
中間にいることが非常に耐えがたいために、
病気を前面に出す方もいれば、病気ではないと反発する方もいます。
「病気を前面に出している」というのは、まさに私のことですね。
そしてこの文章を読む限りでは、
私の主治医が言うとおり「どっちでもよくない?」
…が正解なのだと思います。
そんな私は自分がBPDだと知ってから、
「自分は一体何なのだろう?どこに所属するのだろう?」
…という部分で悩んでいました。
障害者福祉サービスには興味がなかったのですが、
どういうわけか「手帳が欲しくてたまらない」
…という数年間だったのです。
そしてそれは単純に、
「悉無律思考からくる願望」だということがわかりました。
私の主治医を含めた様々なひと達が言っていることなのですが、
BPDというのは「ある日突然抜けるもの」らしいのです。
上記で「らしい」という言葉を使っている私自身も、
数年前に「ある日突然…」ということが起こりました。
そして今は、
「第2回目の全く違う人格メインのBPD人生」なのです。
要は「20代の頃の自分と30代の自分は全く異なるBPD」
…という話なのです。
そこから私が思うのは、
「またBPDが抜ける日がくるのかな?」というところです。
そして私は、
「BPDが完全に抜けてもこのブログは書き続けたいな」
…という願望を持っています。
今の私は悉無律思考があるからこそ、
「BPDに苦しむ方々のために…」という主旨で、
このブログを書いているのかもしれません。
それが「自分がBPDである存在感を見出す行為」であり、
おそらくですが「どっちでもいいわけではない!BPDだ!」
…という自分自身へのアピールなのだと思います。
これはプラス思考の考え方ですが、
「自分がBPDであっても、
そのオリジナリティ(悉無律思考)から社会貢献出来る部分も、
もしかしたらあるのかもしれないな。」
…と思います。
正しくは、
「BPDのトラブルメーカーである部分が、
自分が自分の病気を語ることで相殺されないかな。」
…と感じているのかもしれません。
BPDで有名なダイアナ妃も、
後年はチャリティーや奉仕活動をされていらっしゃいました。
自己肯定感が低く、自分の居場所を感じられない私達BPDは、
そうすることで「自分の存在意義と価値」を得ようと、
一生懸命努力しているのかもしれません。
そして私も、同じなのだと思います。
何かに一生懸命になることによって、
「はっきりとした自分の居場所探し」
…をしているのかもしれません。
■自分を感じてみましょう。
カリウムという成分が体内に不足しています。
それは自分の感覚で気付いたことなのですが、
ネットで調べてみたら、本当にカリウム不足でした。
私は基本的に、
「自分の状態を自分で感じる」
…ということをしています。
毎朝起きてから、
「今日の精神状態はどうだろう?」
「今日は体内に炎症反応は起きてないかな?」
「眼圧は?甲状腺は?…は?」
…というように自分の心身をチェックしているのです。
カリウムや眼圧を自分で感じるのは難しいですが、
「心の状態」なら、トレーニングすれば可能かと思います。
私達BPD(境界性人格障害)は、
時々「自分のストレスに鈍感な部分」があります。
しかし脳や身体は正直ですので、
過呼吸症候群や自傷行為といった形で、
「心の悲鳴が身体に出る」
…ということもあるのです。
そんな時私は、
「自分は一体何が不満なのだろう?何がストレスなのだろう?」
…と自分自身に何度も問いかけるようにしています。
そしてそれは、
「泣いているインナーチャイルドとの対話」
…になるのです。
私が自傷行為をするときは、基本的に
「主人格がストレスで疲れ、
インナーチャイルドが泣いている状態」
…と言えます。
最悪は、
「インナーチャイルドが大暴れしている」
…というのも珍しくありません。
ですので私の場合は、
「インナーチャイルドに質問するのが手っ取り早い」
…ということなのです。
インナーチャイルドが見えない方でも、
「自分の心の悲鳴に耳をかたむける」
…という方法からトラブル回避するのも可能です。
そして自分の心の状態を毎日観察していると、
「ストレスのパターン」なども把握出来るようになります。
私のこの方法は、
完全にオリジナルのものです。
しかしこれを習慣にしてからは、
「トラブルや自傷行為の早期解決」
…が出来るようになってきました。
「自分の心に耳をかたむける」というのは、
「インナーチャイルドと話す習慣」とも言えます。
これは私オリジナルの、
「インナーチャイルドセラピー」なのかもしれません。
心身の状態を自分で感じるようになれば、
不安が解消される部分も多いと思います。
「毎朝15分間の自分を感じる時間」というのは、
ある意味「自己カウンセリングの時間」
…なのかもしれません。
皆さんにもお勧めしたい、
習慣のひとつです。





